出典:国土地理院

「あめのは|AMENOHA」とは?


日本の郷土には二つの柱があります。一つは「文化」であり、もう一つは「風土」であります。 「文化」は時代や流行に合わせて変化し続ける人の脈。「風土」は古代より未来に至るまで変わらず受け継がれる地の脈。 郷土を知ることは、人と地を知ること。

今みれば歴史を感じる神社やお寺も、創建時は最新の流行り文化でした。 今でも毎年行われる祭りや花火も、最新の流行りを取り入れた文化表現の一つと言って良いでしょう。 しかしながら、少子高齢化や社会環境の変化により、その文化表現を中断中止せざるを得ない状況が発生しているのも事実です。 こういった状況は、現代だから起きている訳ではなく、過去幾度となく発生しています。

室町時代後期から約100年続いた戦乱の世は、あらゆる文化、特に信仰文化に対して多大なる喪失をもたらしました。 多くの、寧ろほとんどと言っても過言ではないレベルで神社仏閣は兵火に焼かれ、建造物のほか、数々の古文書も失われました。 人々にも余裕はなくなり、神社もお寺も荒れ果て、あの伊勢神宮ですら、まともに遷宮が出来ない異常で暗黒の約100年でした。 100年というと概ね3世代になります。3世代に渡って文化の継承が出来なかった故に、失われた情報量は計り知れません。 神社やお寺の由緒書きに「不詳」「詳らかならず」とある場合、大部分は戦国乱世で失われた情報と考えて良いでしょう。

その後、江戸時代に入り世の中が安定すると、人々にも文化を楽しむ余裕が生まれ、幕府も積極的に神社仏閣の再造営に力を入れるようになりました。 実は、今日の私たちが観光地・街中・田舎などなどで見ている神社やお寺の多くは、この江戸時代に作られたものなのです。 もし、それ以前のモノ、特に戦国時代を生き延びたモノが残っていたとすれば、それらは確実に国宝あるいは重要文化財の指定を受けているはずです。

また近代に入ると再び波乱がありました。廃仏毀釈や神社合祀令、世界大戦などなど色々ありましたが、結局は廃れることは稀で多くは復活を果たしています。 それは地の脈である風土があるがゆえ、その風土が続く限り枯れることは無く、それが日本という国の強力な風土なのでしょう。

ただ、昨今の溢れかえるデジタル情報の中で、郷土の持つ地味な情報が忘却の彼方に消えかかっているように感じます。 その消えかかっている情報を全力で拾い集め、次世代に受け継ぐことが『あめのは』の使命であります。


『あめのは』の由来

天津神・天羽槌雄神(あめのはづちおのかみ)の御名に由来します。伯耆國(鳥取県)の倭文神社(しとりじんじゃ)に祀られる神で、織物や機織を司ります。
天羽槌雄神は建葉槌命の名で『日本書紀』に登場し、星の神・天香香背男(あめのかがせお)を征服した神とされます。 葦原中國の神々を次々に征服していった経津主神・武甕槌命ではありますが、最後の最後まで手こずり残った神が天香香背男。 武勇の二神ですら成し遂げられなかった事を、どうやって機織神が成し遂げたのかは謎で諸説あるようですが、 一説には、織物の中に星を閉じ込めてしまったという神話があります。太陽が沈んだ後、漆黒の空に光る星々は、古の人々には天に開いてしまった穴から漏れる光に見えたのかもしれません。 どうやてもその穴を塞ぐことができず、大いに悩んだ末に出てきた神話だと思われます。

『あめのは』ではVRの映像コンテンツとして「星」という題材を扱っていますので、これが結びつく由緒のひとつです。
また、茨城県笠間市に坐す石井大明神(石井神社)が建葉槌命を祭神とし、中の人の苗字と繋がっている事もまた由緒であります。


最新情報と更新履歴


2024/06/16式内「茂侶神社」論社
2024/06/08栃木市と鹿沼市の式内社
2024/05/25氷川女體神社と櫻木神社
2024/05/19陸奥國(福島県)式内社調査②
2024/05/18陸奥國(福島県)式内社調査①
2024/05/12武蔵國式内社調査と鷲宮神社
2024/05/11三峯神社と武蔵國式内社調査
2024/05/10秩父式内社調査
2024/04/14上野國式内社調査③
2024/04/13上野國式内社調査②
2024/04/12上野國式内社調査①
2024/03/31埼玉県深谷市・寄居町の式内社巡り
2024/03/17宗任神社と桑原神社
2024/03/15埼玉県熊谷市の式内社巡り
2024/03/22「晴明と葛の葉の猫島伝説」オープン!
2024/03/03千葉県式内社巡り③
2024/03/02千葉県式内社巡り②
2024/03/01千葉県式内社巡り①
2024/02/28筑西市猫島・安倍晴明ゆかりの晴明稲荷神社
2024/02/24武蔵國式内社巡り
2024/02/18千葉県旭市と銚子市の神社巡り
2024/02/11常陸太田市の式内社巡り
2024/02/10大宮市と府中市・調布市の式内社巡り
2024/02/03群馬県・栃木県神社巡り
2024/01/28蛟蝄神社と大鷲神社
2024/01/19栃木県宇都宮市・壬生町 郷土巡り
2024/01/08茨城県桜川市と石岡市 郷土巡り
2024/01/08宮山観音堂 御開帳
2024/01/06茨城県龍ヶ崎市 郷土巡り
2024/01/05千葉県匝瑳市・旭市など郷土巡り
2023/12/27栃木県さくら市 郷土巡り
2023/12/29延喜式神名帳
2023/12/18上総国神社巡り②
2023/12/17上総国神社巡り①
2023/12/16関東八十八ヶ所霊場巡り
2023/12/10茨城県・栃木県、式内社巡り
2023/12/09栃木県真岡市神社・寺院巡り
2023/12/03栃木県那須烏山市の神社巡り
2023/11/28金鑽神社
2023/11/25茨城県城里町の神社巡り
2023/11/19茨城県笠間市街地を散策
2023/11/08京都・丹波國、元伊勢と式内社巡り
2023/10/30北茨城市の佐波波地祇神社、花園神社など
2023/10/29日立市の鹿島神社
2023/10/14京都市、平野神社・北野天満宮など
2023/10/08古河市・坂東市の神社巡り
2023/10/07茨城県式内社巡り、鉾田市周辺
2023/08/20新潟県村上市・山形県小国町など式内社巡り
2023/08/18羽黒山と鶴岡式内社巡り
2023/08/17月山神社本宮と式内社巡り
2023/08/16山寺と山形県寒河江市など、巡拝
2023/08/15山形県米沢市と山形市内、巡拝
2023/07/23茨城県西部地域の神社巡り
2023/07/02下野國神社巡り
2023/06/25常陸國の式内社巡り
2023/06/18栃木県栃木市と下野市の社寺巡り
2023/06/10笠間市・水戸市の式内社巡りをしてきました。
2023/06/04栃木県鹿沼市・栃木市の神社を巡ってきました。
2023/06/06常陸國風土記「河内郡」の本文・書き下し・現代語訳
2023/06/06常陸國風土記「筑波郡」の本文・書き下し・現代語訳
2023/06/06常陸國風土記「新治郡」の本文・書き下し・現代語訳
2023/06/06常陸國風土記「総記」の本文・書き下し・現代語訳
2023/06/03結城市結城をお散歩して来ました。
2023/05/30石岡・小美玉・行方の神社巡り
2023/05/28結城七社巡り
2023/05/06茨城県美浦村の神社巡りをしてきました。
2023/05/04茨城県行方市の寺社巡りをしてきました。
2023/05/01御岩神社と佐志能神社をお参りしてきました。
2023/04/21水戸市と笠間市界隈の神社を巡ってきました。
2023/04/19阿蘇神社などを巡ってきました。
2023/04/18柞原八幡宮と上色見熊野座神社などを巡ってきました。
2023/04/17宇佐神宮の境内社巡りをしてきました。
2023/03/19茨城県桜川市の神社・寺院巡りをしてきました。
2023/02/06栃木県真岡市に行ってきました。
2023/01/28栃木県芳賀郡益子町の郷土巡りをしてきました。
2023/01/21栃木県芳賀郡茂木町の神社巡りをしてきました。
2023/01/07栃木県高根沢町と芳賀町の神社巡りをしてきました。
2023/01/02茨城県常総市と境町を巡ってきました。
2022/12/24茨城県水戸市・常陸大子市・那珂市を巡ってきました。
2022/12/18加波山信仰に纏わる神社を巡ってきました。
2022/12/16筑波山神社と筑波山中に坐す摂末社巡りをしてきました。
2022/12/07石清水八幡宮の摂末社巡り
2022/12/07春日大社の摂末社巡り
2022/12/07大神神社の摂末社巡り
2022/12/06京都府亀岡市をお散歩してきました。
2022/11/07茨城県日立市神社巡り
2022/10/28鹿島神宮の摂末社巡り
2022/10/23香取神宮の摂末社巡り
2022/10/03四国一之宮巡り
2022/09/27出雲國の神社巡り②
2022/09/26出雲國の神社巡り①
2022/09/06長野県、穂高神社と諏訪大社上社を参拝してきました。
2022/09/04座間界隈をお散歩してきました。
2022/08/31兵庫県姫路市〜神戸市〜西宮市にかけて神社巡りをしてきました。
2022/08/30若狭國一之宮と越前國一之宮をお参りしてきました。
2022/08/29伯耆國一之宮と播磨國一之宮と神社いろいろ巡ってきました。
2022/08/28島根県隠岐諸島・島前の神社を巡ってきました。
2022/08/27島根県隠岐島・島後島の神社巡りをしてきました。
2022/08/26広島県福山市に坐す神社巡りをしてきました。

郷土探訪の魅力

自分自身が住んでいる町のことをよく知らない。この現象は、どんなにご立派な観光地であっても起こっています。 例え国宝や重要文化財が近所にあっても、そこに在る事が当たり前で気にした事がない。 逆に、この町には何もないという先入観のほうが先行し、「何もない」と思い込んでいる。 少し興味を持って、オープンワールドのゲーム感覚で、近所をクエスト(お散歩)してみると、意外と知らなかった事に気づくものです。

それが、「おさんぽのすゝめ」であります。

住んでいる町を知ることで、日々の生活も楽しくなります。新しいお店やお気に入りの風景を見つけながら、少しずつ行動範囲を広げていきましょう。 普段は気にもせず通り過ぎていたモノにも、知れば意外な歴史や文化があるかもしれません。
旅行先でも今までとは違った景色が目に飛び込んで来るはずです。「これは近所にあったアレと同じかも!」「これは初めて見た!」などなど・・・

日本には太古の時代から人が住み、それぞれに文化がありました。それがその土地の風土となり、現在まで密やかに続いています。 猛烈な勢いで過ぎ去るデジタルな情報の中で、気付きにくくなっている「郷土」というローカルな情報。 ローカルな故に、流行り廃りに関係なく、自分のペースで楽しむ事ができます。さぁ、おさんぽに出かけましょう!

郷土×WEB×VR

郷土の情報というものは、消えそうでも消えない。それは、その時代時代に於いて、その時代に即した方法で情報を残しているからです。
古代日本には文字という文化はありませんでした。太古の物語は口頭伝承により受け継がれてきました。 奈良時代になると大陸より漢字が輸入され、文字による記録が始まりました。それによって編纂されたのが、古事記、日本書紀などであります。 古事記は口頭伝承の文字起こしという形式になりますが、日本書紀を編纂するにあたっては各地よりふみが送られました。 各地に残る「風土記」と呼ばれる書物が書かれたのも、この時期になります。

その後も、古い書物を遺すため書写された書物やその時代の研究の成果などが、各地に残っています。さらに、現存し貴重なモノは図書館や博物館等で保管・展示されています。

令和という時代は、デジタル社会の時代になりました。 デジタルというカタチが後世まで、それこそ八十続きやそつづききまで遺るのかというと正直微妙です。 やはり遺すなら、石板か紙だとは思いますが、 「伝える」という目的であればWEB形式というデジタルは有効です。何処でも誰でもWEB情報を見られる時代になりました。 そこに、郷土のローカルな情報を載せる事は、次の世代への情報の引き継ぎとして役に立つことでしょう。

更にそこにVRという360度情報も加える事で、令和の郷土の雰囲気そのものも伝える事が可能になります。 寺社の建造物や石碑などは、よっぽどな事件事故にでも遭わない限り、おそらくは変わる事はないでしょう。 それらは、我々の高々数十年という寿命のタイムスケールを超えて現存しているモノがほとんどだからです。 しかしながら、我々の日常生活に関わるモノは、10年20年で変わってゆきます。 VRの最大のメリットを生かし、変わらざるモノと変わりゆくモノを同時に記録しWEBに載せ、 願わくは、数十年後に「うわぁ、懐かしい」と言いながら、ぐるぐる見回せる世の中と環境が残っていることを祈り申し上げます。

郷土と地域おこし

郷土とはその地域の資産であり資源であります。正しく興し、有効に活用できれば、唯一無二の文化と成り得ます。 郷土文化や土着信仰に関する知見と共に、VRに関わる映像制作とWEBコンテンツ制作のノウハウを以て、現在、私は、とある自治体から委託を受け、地域おこし協力隊を主として活動しております。

VRビジネスの現在

「VR元年」と言われ出した黎明期よりも更に前から、弊社(というよりも私自身)は「VR映像制作」に関わってきました。 当初は国内外にビジネスパートナーが多くあり、企業による配信プラットフォームサービスも盛んで、ビジネス機運を探る動きが活発でした。 2019年には、中国で行われたVRカンファレンスにVIP待遇で招待され、基調講演をさせていただく機会も得る事ができました。
しかしながら、VRはビジネスとしてのマネタイズが極めて厳しい事には変わりなく、プラットフォームは縮小し、ビジネスパートナーも徐々に消失し、 人々のVR(メタバースを含む)に対する関心も低くなる一方であります。正直なところ、私自身もVRコンテンツやメタバースには、大して関心はありません。

VRを老若男女に至るまで認知を深め、今のスマートフォンのように日常的に使用を促すことはまず不可能でしょう。 それは、空間認知力の個人差や視力(弱視や老眼)など、認知的かつ生理的な問題が関わるからです。 VRに興味を示すのは、若い世代の男性がほとんどかと思われます。それはアダルトコンテンツを主力とした欲求による消費ですが、それも一過的です。 なにしろ、VRコンテンツ制作には工数や機材費用がかかります。通常の映像コンテンツ制作と比較すると、かなり手間がかかります。 制作側としては費用対効果、工数対利益が薄く、持続的に制作を続けるモチベーションには繋がりません。 更にはVRコンテンツへの関心消費も薄くなる一方であり、極めてジリ貧です。

断言しても良いでしょう。VRをはじめとするARやメタバース、何とかxRとか、諸々のああいった類の仮想空間が、 我々の世代寿命の範囲内で広く認知され普及する可能性は「皆無」でしょう。 また、高度な制作や編集には、猛烈に電気を喰うCPUやグラボが欠かせません。 昨今の電気代高騰や物価高を鑑みて、やるほどの価値があるのかと問われると、総じて「微妙」と言わざるを得ません。

VRビジネスの今後

コンテンツとしてではなく「記録用途」として活用する事が、ひとつの有効策なのではないと考えています。 VRは360度画像(あるいは映像)とも言われ、上下左右360度の全ての空間を記録できる事が、通常のカメラとの大きな違いです。 ですので、記録をしたいと思っているメインターゲットの他に、そのターゲットが置かれている周囲の状況や環境も同時に記録する事ができます。 エンタメコンテンツというよりは、「学術」向きなのかもしれません。
「学術用途」となると、またそれはそれでマネタイズは現実的ではなく、何らかの予算に乗って活動するしかなく、これはこれで狭き門かと思われます。

「VRとは家に引き篭もって悶々と見るコンテンツではなく、実際に外に出ることを促すコンテンツである」という事が、 起業以来のVRに対する弊社(というよりも私)の考えであります。 山や海に出掛けたら、その場所でしか体験できない事があるように、 それらの体験の一部としてVRを組み入れる事ができれば、ビジネスとして最も健全化が図れるのではないかと思っております。
例えば、道の駅に行けば、その町で行われている花火大会や祭りの様子がいつでも見られる。あるいは、春夏秋冬の映像が見られる、などなど・・・。 これであれば、一過性の興味本位であっても一向に問題はなく、間接的にでも観光やローカルな商売に貢献できると考えています。 但し、そのVR単体での営利営業は無理だと思います。

ご興味のある方は、是非、ご連絡を下さい。お待ち申し上げます。